古谷誠章「マド」の思想

新建築住宅特集11月号に、古谷誠章氏の『「マド」の思想』について書評を書かせて頂きました。

ちょっとした文章でもまじめに書くとやはり疲れますね。もう少しの字数と、推敲できる時間があれば良かったのですが・・・。まあ書評はともかく本自体はなかなか面白かったです。それにしても他人の描いた詳細図を読み込むのは楽しくもあり、つらい作業であることを改めて痛感しました。日々これ精進ですね。

黙祷/佐藤春夫「詩論」

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山本想太郎 「建築家を知る 建築家になる」

少し前になるのですが、建築家の山本想太郎さんから発売されたばかりの著作を頂きました。
王国社から出版された、「建築家を知る 建築家になる」という本です。
あとがきにも書いてありましたが、この本は当初「建築家を志す人に向けて、建築家になるためのプロセスと建築家を取り巻く状況を示して欲しい」という出版社からの依頼に応えて書かれたものだそうです。

第一章の「建築家を取りまく状況」と第二章の「建築家への道のり」がそれに対応していますが、第三章の「建築的な表現」という章が、この本の白眉だと思われます。一応設計という職能で生きている私が読んでも「なるほど!」と思えるところが多いので、今現在学生の方や、設計の仕事を始めて間もない方などには是非一読していただきたい本です。現在建築がどのような状況に置かれ、何を求められているかという問いに、各種のデータと共に的確な解説がなされているので、今後進路を決めるときや、どうやってこの業界で生きていくのかを決める際にとても役立つのではないでしょうか。とくに建築を生業とすることを目指す学生には、大学院在学中に二級建築士を取得することが勧められており、私も全く同じ話を学生にしているので、そのあたりもとても参考になると思います。推敲が重ねられたとても読みやすい文章なので、一気に読みすすめることが出来ると思います。

山本想太郎さんとは新建築誌上で10回にわたり「空間表現のディティール」という座談会をしてきました。山本さんの他に石黒由紀さん、山代悟さんとともに有名建築を見学させていただき、その後見てきた建築について四人であれこれ話すという企画です。座談会は毎回とても刺激的で、大変ではありましたがなかなか得難い経験の連続でした。現在幾つかの理由で中断してしまっているのですが、出来ることならまた再開して欲しいといつも思っています。

さてそんな座談会の中で、個人的に一番印象に残っているのは黒川紀章氏が設計した「中銀カプセルタワービル」を巡る会でした。(新建築2008年2月号

メタボリズムについてはそれぞれの建築家が一家言あるので、議論が白熱するのは当然といえば当然なのですが、カプセルとカプセルとの間にある関係性と、建築設備にまつわる議論が特に白熱したのを覚えています。山本さんが言われていた「ヴァーチャリティーの高い関係性」という話はとても面白く、ハード面に偏っていた自分のメタボリズム認識に、ソフト面から考えるきっかけを頂いたように思います。一方で中銀カプセルタワービルの設備面について、山本さんがなぜそれほど気にされているのか、そのときはよく分からずにいたのですが、今回の著作の終わりの方に書かれていた設備に関しての短い文章を読んで合点がいきました。もちろんこの部分は中銀カプセルタワービルについて書かれた文章ではないのですが、いわゆる建築設備について普通の建築家があきらめてしまっていることを、山本さんは全然あきらめていないことが分かります。山本さんはいつも飄々と話すので、こちらも何となく受け答えしてしまって無知を晒してしまうのですが、氏の場合全ての発言に膨大な思考の裏付けがあるということが、こうした部分からも見て取れます。つまり一見淡々とした歯切れ良い文章に、実はかなり深く掘り下げられた考察が隠れているのです。皆さまも心して読んでみてください。

さてそういうわけで、今後も山本さんの動向には注目していきたいと思っています。

(写真は中銀カプセルタワービルのカプセル部分を上から見下ろしたショットです。なかなかない情報だと思うのですが・・・。)

空想 皇居美術館

「空想 皇居美術館」出版記念展覧会が、月島のタマダプロジェクトで行われています。5/10〜5/16

皇居美術館とは、美術家の彦坂尚嘉氏によって着想され、その後約10年間にわたって展開・変奏されてきた、日本と日本美術に関わる思考の営みの総体とも言えるものです。

今回の出版は、五十嵐太郎/新堀学両氏の協力のもと、これまでの皇居美術館をめぐる言説の軌跡を、一冊の本に凝縮させたものとなっています。

現在皇居におられる天皇家の方々には京都に帰京していただき、空っぽになった場所に超一流と考えられる日本古来の美術品、建築(!)を集め展示するということが、一義的には皇居美術館の役割になります。

諸外国には自国の文化を集積・展示する巨大な美術館があるのに対し、日本にはそうした美術館がないこと、また現代の日本の文化が、近代以前の日本美術に全く関わりなく成立していることを憂う、「憂国」の概念が根本にはあるようです。

もちろん空想のプロジェクトなので、現実味はほとんどありません。しかしこうした仮説を立てることで、いつの間にかタブーになってしまったことに、再度思考を巡らせる契機をつくることはとても重要なことだと思います。

私自身はノンポリで、右も左もないのですが、大した知識もないまま皇居をタブー視していたことを反省しました。

昨日はレセプションパーティーの後、社会学者の若林幹夫氏、竹中工務店の荻原剛氏を招いてのトークイベントもありました。

「皇居は東京の中心ではなく、奥ではなかったのか」という若林幹夫さんの発言がかなり興味深かったので、今度氏の著作を読んでみようと思っています。

会場には地上1000mの巨大なタワー型美術館の模型のほか、収蔵する美術作品に対する彦坂氏によるオマージュ作品やアートワークも展示されており、氏の近作をまとめて見ることができます。

また新堀学氏のアーバン・ヴォイド案、伊豆下田に構想された松田達氏による、より現実性が検討された案なども展示されており、とても楽しめました。

松田達氏のアイディアは1/6円を元にタワー建築を展開していく、メタボリズム的雰囲気のある建築で、今回の展覧会の主旨によく合っていると感じました。無限美術館の一形式にまで高めうる、興味深い提案です。

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