kenjiro okazaki

先日とある集合住宅のロビーに、岡崎乾二郞氏の作品があるのを発見。
一目で氏の作品と分かる強さと色使いはさすが。

立体作品は何度か拝見したことがあったのですが、このタイプの絵画とは初対面だと思います。
思っていたよりマチエールが強くあって、近くに寄ると結構モノっぽさがありました。
一番盛り上がっているところなどは手で掴めそうなほどで、子供達もいたので少し心配になりました。

特別ビビッドな色使いとは言えないのですが、何故か色彩が目に焼き付く感じがします。

展示方法が少し変わっていて、キャンバスの厚みだけ彫り込まれた壁面に、作品がすっぽりと納まっています。

壁面全体が額縁の機能を持っているのに、額縁そのものではないという逆説が興味深く感じられました。

ARTIST FILE 2010

国立新美術館で開催されているアーティストファイル2010に行ってきました。去年の齋藤芽生さんや津上みゆきさんも面白かったのですが、今年もかなり考えさせられる作品がありました。とくに興味深かったのは、石田尚志氏の映像作品と斎藤ちさと氏の気泡シリーズです。現代美術に疎い私は、お二人の名前は知ってはいたものの、実作を見るのはどちらも初めてのことでした。

気泡シリーズはご存知の方も多いと思いますが、特殊な水槽で生成された気泡(=アブク)ごしに、さまざまな風景やオブジェを撮影していくという作品です。厳密に整えられた被写界深度で撮影されることにより、普段特別気にすることのなかった気泡に、まるで金属のような質感があることに気付かされます。

それぞれの気泡には、目の前にあるシーンが小さく映っていて、コンピュータ・グラフィックスで用いられる環境情報の映り込みのようです。

瞳に焦点の合ったポートレートを拡大していくと、眼前に拡がる世界が、被写体の眼の中に反射して見えてくることがあります。気泡シリーズでも、当初は反射した世界がそのまま気泡に映っているのかと思っていました。しかし目を凝らしてよく見てみると、どうやらそうではないことが判ります。水槽を通り越した視線の先にある、主画面のなかではほとんどぼやけてしまった対象が、気泡の中でだけ焦点が合っているという不思議な現象が起きています。そしてその小さな像を確認することによって、作者が何を前にしているのかが判るのです。

どうしてこのような現象が起こるのか直ちには解らないのですが(理系失格です・・・。)、ダブルガウスタイプの対称形レンズや、超広角レンズの構成と関係があるのかな?などと勝手に想像していました。というのも、絞りやピントをほとんど変えずに、隅々までピントの合った写真を写すことが出来るホロゴンというレンズは、前後ともほぼ完全な半球状の形をしているからです。(関係なかったら文転します・・・。)

いずれにせよ無数に発生している気泡に、水槽越しにはぼやけた世界がちゃんと結像している様は圧巻です。これらの像は中心から徐々に放射状に変化しているので、厳密に言えば似ているようで全て異なるイメージでもあるのです。それゆえ像を定位するのは作者であり=観察者=私たちであるという思考の運動が起こり始め、べラスケスを前にしているときと同じように、なかなか一つの作品の前から動きがたくなるのです。

「写真を見る」という行為からはなかなか味わえない、不思議な体験でした。

この展覧会は5月5日(水)までです。未見の方は是非!必見です!

あ、石田さんに触れるの忘れた・・・。すみません・・・。こちらも必見!

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